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【スペイン巡礼33日目】疲労骨折したまま歩き続けたラスト20km。一応ゴールはしましたが、平成最後の駆け込みスペイン巡礼の思い出話は続きそうです。もう少しお付き合いいただけますか?

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Pedrouzo(ペドロウゾ)〜Santiago de Compostela(サンティアゴ・デ・コンポステーラ) 20km

5:50起床。今日、サンティアゴ・デ・コンポステーラにゴールするからだろうか、皆、明らかに浮足立って普段より早起きしている。写真大好き韓国男子ジニーなんて5:40に起きて、ゴールの時の写真映りを良くするためにわざわざ朝もシャワーを浴びたらしい(昨夜もシャワー浴びたのに!)。インスタ投稿へ対する意気込みがすごい。

「明日起きたら、左足首の痛みが消えて、何事もなく正常になってたりしませんか?」なんて一縷の望みを託して眠りについたけれど、現実は厳しい。朝起きてもやはり、左足首がズキズキする。でも行くしかない。

スポーツタイツを握りしめ、大部屋の中を小声で呻きながら移動し、廊下では壁伝いにトイレに向かった。既に廊下で出発準備をしていたスペイン人グループにひどく心配される。トイレに行くだけでひと苦労。便座に座って休憩し、タイツを履くのも、ひと苦労。健康体で、痛みもなく、何も問題なく動けるってすごく尊いことなんだ、、、と薄暗いトイレの中でしみじみ思った。

また壁伝いでのろのろと部屋に戻り、薄暗闇の中カニ歩き(その時はこれが一番痛みが押さえられた)でベッドに戻る途中にヨンと目が合い、笑われた。

めちゃくちゃ足が痛いけど、いつまでもベッドに座ってるわけにはいかない。覚悟を決めて荷物をまとめて両手に抱えて、そろりそろりと階下のキッチンスペースに下りた。これだけでもすごく時間がかかる。

とにかく、最小限の歩数で最大限の作業をこなすことを考える。荷物を置いたテーブルから、冷蔵庫に手が届くギリギリのところまで歩き、右足を軸にピボットの動き。

朝食用の食材一式

バゲットに、キャロットラペとクリームチーズとツナペーストを挟んだ自家製ボカディージョ

今日の朝食は、昨日のランチと同じメニュー。自家製ボカディージョ、ヨーグルト、牛乳。昨日買ったPhiladelphiaクリームチーズは食べ切れなくて捨てるのはもったいないので、みんなにおすそ分けして食べきってもらった。バナナは食べなかったので持っていくことに。

私達が朝食を食べている間にも、今朝トイレ前で会ったスペイン人グループを始め、7時前に出発するグループがたくさんいる。11時までにサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼事務所に到着し、手続きを終えると、その日12時からのミサに参加できることになっているから、それを狙っているのかもしれない。

私達はミサへの参加は諦めていたので(今日はイースターだから、ミサ参加者が多すぎておそらく会場に入りきれないだろう、と予想した)普段通り、7時すぎに出発することにした。

最後のパッキングを終えた。2階に置き忘れてきた私のストックと登山靴をエリーが持ってきてくれた。「ギブスのように足首を固定できたら、少しは楽に歩けるかな?」と淡い期待を込めて、登山靴の靴紐をいつもよりさらにきつく縛る。

「本当に大丈夫?歩ける?そんな状態でゴールできる?止めたって歩くとは思うけど、、、私、心配でどうしようもないよ〜」と私よりも泣きそうなエリー。「うん、歩けないと思う!」と笑って返事したものの、自分でもどうゆう事態が起こるのかわからなくて怖かった。泣きそうだった。

こんな暗い中、出発するのも今日が最後

7:15頃に出発。淡い期待は、いざ歩き出すとすぐに裏切られた。登山靴の紐をきつく締めたくらいでは、全く効果がなかった。椅子から立ち上がった瞬間に激痛。1歩踏み出すと激痛。特に座ったり立ち止まったりした状態から歩き出して数十歩までがあり得ないくらい痛い。ズキン!と音が聞こえるほど、暴力的な痛みに襲われて膝から崩れそうになる。

左足首を痛める前からずっと左膝にサポーターを装着していた。古傷が痛むので。左足首を痛め、それを庇うために変な歩き方になり、右足にも負担がかかっている。昨日よりも右足が痛い。

何も持たないこの状態でも立つのがやっとなのに、残り20㎞の道のりを10㎏越えのバックパックを背負って歩けるのだろうか。昨日からずっと消えない不安が頭をよぎる。

不安を紛らわすために「タクシーで先にゴールで待ってちゃダメかな?もうこれまで十分歩いたし!」なんて冗談ぽく言ってみたら「タクシー使っちゃダメだからねー!ちゃんと歩かないと巡礼証明書もらえないよ〜」とバッサリ。

あとからエリーに聞いたところ、昨日からの私のあまりの痛々しい姿に「もうここまで頑張ったんだからタクシー使っても許されるんじゃない?タクシー乗りなよ!」って言いたくて、でもそんなこと言えなくて、つらかったんだよ、と。

え、言ってくれてもよかったのに(笑)

いざ!

薄明かりの街灯に照らされる中、村中のアルベルゲから出てきた巡礼者達が一本の巡礼路に集まってくる。こんな早い時間に、こんなにたくさんの巡礼者が歩いてるなんて、33日目にして初めて見る光景。

知り合いも、知り合いじゃない巡礼者も皆、ハイテンションになっているように見える。泣いても笑っても、今日ゴールにたどり着き、このシンプルで、平和で、愛に満ち溢れた(ちょっと体力的にはきついけど)桃源郷のような生活も終わりになる。早く到着してすべてを終わらせたい気持ちと、まだまだ歩いていたい気持ちでごちゃまぜになっている。

真っ暗な森の中

緩やかな坂道の車道を上り続け、巡礼路は途中から森に入っていく。巨大な木々が鬱蒼とした森。太陽が上りきっていないことも相まって、全体的に暗くて、巡礼路を示す標識も非常に見にくい。これだけたくさん人が同時に歩いているから迷うことはないけれど、1人だったら間違った方向に歩いてしまうことだってあると思う。

薄暗い森の中をどんどん進む。皆の足取りが軽く、歩くスピードも普段より速い。私はといえば、仲間についていくので精一杯。普段だったら先頭歩いちゃうくらいなのに今日は少し離れた最後尾で、足元だけを見て、左足をひきづって。悲しい。悔しい。本当に、私の左足首に何があったの。

森を抜けた

グループの先頭を歩くエリー&チョウの女子組の背中がどんどん小さくなっていく。その後ろで、ジニー&ヨンの韓国男子ペアが私を置き去りにしないようにゆっくり歩いてくれている。

「ジニーは巡礼が終わったら日本の大学に留学することを本気で決めたんだろ?オレは巡礼が終わった後に何がしたいか、まだわからないんだ」いつものムードメーカーなおちゃらけな様子とは違い、少し寂しそうな表情でヨンは呟き、1人でスピードを上げて先に行ってしまった。皆、何かを求めて巡礼に来て、それが見つからないと焦っている。もしかしたら、実はもう見つかっているかもしれないのに。

残ったジニーが私のペースに合わせて、並んで歩き始めた。「私、足こんなだし、めちゃくちゃ遅いから、先行ってね。自分のペースで歩いてね。私に合わせてると、みんなよりゴール遅くなっちゃうよ〜」と何度言っても「いいんです、いいんです。ゆっくり行きましょう。ゆっくり歩いてもゴールには着きます!私もゆっくり歩きたいだけです。せっかくだからYukaさんと一緒にゴールしたいです!」

イケメン韓国人の孫(仮)が優しすぎて、日本人BBA、危うく感涙しそうになる。ふと見上げた日の出直後の空は、薄いピンク色。ジニーの心みたいに優しいピンク色だと思った。(足が痛すぎて頭おかしくなっている)

その後の巡礼路については、正直、よく覚えていない。写真を撮る余裕もなかった。少しでも左足首が痛くなりにくく、少しでも早く歩けるような歩き方を試行錯誤し、歩くスピードが遅いから他の巡礼者達の迷惑にならないように道の端を歩いた。

年齢層高めなサンデーハイカー達

屋台スタイルのバルも大賑わい

どんどん他の巡礼者に追い抜かされる。今日は日曜日、そしてイースター。軽装、というよりも手ぶらの巡礼者で道が混み合っている。まるでハイシーズンの週末の高尾山。「 オラ!ブエンカミーノ!」と元気よく声をかけて追い抜かしていく人もいれば、無言で追い抜く人も。足をひきづる私を励ましてくれる人もいっぱいいた。ありがとう!あなた達に昨日までの私の見事な歩きっぷりを見せてあげたい!(無駄な強がり笑)

不思議なことに、下り坂よりも上り坂のほうが足首には負荷が少なく、痛みが弱い。ゴールまでずっと上り坂だったらいいのに。

「後ろに乗せてほしいです〜」と自転車巡礼者が通る度に呟くジニー

アップダウンを繰り返して、出発から約2時間。巡礼路沿いのバルのテラス席でエリーとチョウが休憩していたので私達もジョイン。

レモンビール!

レモンビール。足首の痛みにはよくないことはわかっているけど、もう飲まずにはやってられない。だって、このバルはまだ出発してからたったの6.3㎞地点。遅い。遅すぎる。普段のペースなら既に10㎞地点には来ているはずなのに。私を置いてさっさと歩いてしまった、と思っていたエリー達も実際は普段よりゆっくり歩いてくれてたんだ。

ビールを注文するために数段の階段を登って店内に入るだけでも、足が痛い。ジニーがビールを運んでくれて、階段を下りて外のテーブルに戻り、みかんを食べた。

出発する前にトイレに行こうとしたが、少し座って休んだせいで、立ち上がって歩きだすとまた激痛が走る。この調子でゴールまで残り14km近く歩かねばならないと思うと、、、怖い。

店の前の台に用意されていたスタンプをクレデンシャルに押して、4人で出発。よっこいしょ、とバックパックを地面から持ち上げ、背負って歩き出したら、さっきよりもはるかに痛い。バルのすぐ目の前から急勾配の上り坂。泣ける。

地元テレビ局の前を通過

その後、松やユーカリの林の中を歩き、小さな村(集落?)をいくつか通過し、アップダウンを繰り返す。左足を引きずり、痛みを騙し騙し歩いてきたものの、やはり耐えきれないほどの痛みになってきた。そんな左足をカバーするために右足に変な力がかかり、右足も痛んできた。2本しかない足が両方とも痛いという、もうどうしたらいいかよくわからない状態になった。

『目的地サンティアゴの手前最後の村Monte do Gozo(モンテ・ド・ゴゾ)にはきつい上り坂がある』とガイドブックに書いてあったので、いまかいまかと覚悟して、ドキドキしていた。「ねえねえ、どこらへんで上り坂になる?」とジニーに聞くとアプリを見ながら「えっと、、、あれ?もうここから先は下り坂しかありません!」え?知らないうちに上ってたの?それとも上り坂と認識しないような坂だったの?笑

フォンセバトン村への上り(スペイン巡礼23日目)に比べたら、他は大したことないねー!なんて2人で余裕発言。「いつになったら、遠くにサンティアゴ・デ・コンポステーラの3本の尖塔が見えるのかな?もう少し行った先かな?あー違った!あの先から見える?違うねー」なんて言いながら、のろのろと歩いていたら、少し遠くの小高い丘の上にモニュメントを発見。これは、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世が訪問されたのを記念したモニュメント。てっきりモニュメントのすぐ近くを通ると思っていたが、そうゆうわけでもないんだ?

レモンビール!

おしゃべりしながら村の中を歩いていたら、巡礼路左手にかなり大きくて新しそうなバル。広いテラス席では、まだゴールしたわけではないのに既にゴールを祝う大宴会をしているようなアメリカ人男性巡礼者グループがいる(エリー情報によると、大学の同窓生グループメンバーでスペイン巡礼に来ていたらしい)。

本当は休憩したかったけど、座ってまた立ち上がる時に起きるであろう激痛を想像すると怖くて、通り過ぎようかと思っていた。

ふとガラス張りの店内のほうを見ると、大きく手を振る2人。エリーとチョウ!ええい、こうなったらレモンビール飲んじゃえ!と私達もバルに入った。ここでもクレデンシャルにスタンプを押す。

ビールを飲み終わって、さあ出発!と立ち上がって歩き出したら、やっぱり。想定内だけど、激痛!レモンビールの代償は大きい。両手にストックを握ってはいるものの、バルの床の素材がツルツルしているのでストックの先が滑って役に立たない。

周囲の巡礼者達から次々と声をかけられ、憐れみの視線を投げがれられる。「はい、なんとか大丈夫、、、ではないけど大丈夫!ありがとう!」なんて強がって泣き笑い顔で答えるけど、全然大丈夫ではなかった。

ここでも孫ジニーがそばにいて励ましてくれた。「だいじょーぶ!だいじょーぶ!急がなくてもいいーんです!私がそのリュック持ちましょうか?今日は元気だから荷物いっぱい持てます!」テラスで休憩している見ず知らずの巡礼者達からも応援を受けて、最後の戦いが始まった。

バルを出て少し坂を登ると、左手が公園のようになっており、そこにさきほど遠くから見ていた巨大モニュメントを発見した。そうか、私達は最初にモニュメントが見えた場所から、ここまでぐるっと回ってきて、こんな高さまで上ってきたのか。

1歩1歩は小さいけれど、こうして振り返ってみると随分遠くまで来たことに気づく。足首が絶好調だったらモニュメントの近くまで行って記念撮影でもするところだけど、、、泣く泣くパスして、先を急いだ。

モンテ・ド・ゴゾ名物の超巨大アルベルゲ

少しでも早くゴールして、重い荷物を下ろして座りたい。「どこかで完全に歩けなくなってゴールできないんじゃないか?」という恐怖から解放されたい。

モニュメントを左に見ながら通過すると、今度はかなり長い下り坂が現れた。坂の左側に沿って、確か400床以上収容可能なモンテ・ド・ゴゾの有名な超巨大アルベルゲ(巡礼宿)が見えてきた。全部で何棟あるのか、全貌が全く見えない。今は空いているらしいが、ハイシーズンの時はベッドすべてが埋まり、それでも足りなくてベランダや庭にテントを張って夜を明かす人もいると聞いた。

私の足に良くない、アスファルトの下り坂。どこまで下れば終わるのか。坂の終わりが見えない。視線を少し上げると、前方遠くにサンティアゴの新市街が見えるが、ゴールの大聖堂がある旧市街は全く見えない。

やっとのことで下り坂を終えたその下は、まさかの階段。助けて。

サンティアゴ市内に到着!

体を横向きにして、左足になるべく負担がかからないように右足から下り、1段ずつ、ちまちまと階段を下りた。国道の高架橋を渡り、さらに直進したら、ようやくSantiago(サンティアゴ)の街に到着!

【Santiago 0km】の看板前で記念撮影をして喜ぶ、サンデーハイカーの皆様。彼らはここで歩くのをやめるのかな?リラックスした様子で、先に進む様子が感じられなかった。でも、フランスから歩いてきた私達の目的地はここじゃない!あと少し、つらいけど歩かなきゃ終わらない!

通りすがりのスペイン人数人から、ガンバレ!と声をかけられ(もちろんスペイン語で)、ゴールの大聖堂を目指して、ただただ無言で坂を上り始めた。日差しが強くなってきて、かなり暑い。ジリジリ焼ける。大聖堂の尖塔が全く見えてこない。あと何分歩けばゴールなの?

早く!早くゴールさせて!足が痛いの!暑いの!、、、誰に向かってお願いしているのかはわからないけど、そうやって心の中で呟くことでなんとか心を平常に保っていたのかもしれない。

いつものことながら、大都市はその都市に入ったことを示す標識を見つけ、周囲を囲む新市街を抜けて、中心の旧市街までの距離が非常に長い。もう少しでゴールできるのはわかっているのに、どんどん気分が滅入る。少し前を歩くジニーのバックパックを見つめながら、二人して無言で坂を下っては上り、下っては上り、ようやく街並みが旧市街ぽくなってきた。

観光客の姿も増えてきた。ということは、そろそろ大聖堂?見上げると、中世の建物の屋根の向こうに3本の尖塔が一瞬見えた!そして、すぐ見えなくなった。足が痛くなければ、写真撮ったのに!本当は今日も、残しておきたい景色がたくさんあった、、、スマホを出して撮影する気力がほとんどなかった。ブログのことを考えると、すごく悔しい。

周囲にお土産物屋さんが増え、狭い石畳の歩道は観光客がごった返していて、なかなか進めない。私が満身創痍な感じで歩いていたからか、「すごい!巡礼者がいるー!」とバルのテラス席にいた観光客のおじさんがわざわざ近づいてきて、写真を求められた。うまく笑えたかな私(笑)

信号待ちで立ち止まってしまった。本当は止まらないようにその場で小さくぐるぐる歩き続けるべきだったのに。案の定、信号が青になり、また歩き出したら足首が、、、!冗談抜きでこれは歩けないレベル、、、でも今、横断歩道の上で止まるわけにはいかん!根性で足をひきづり、石畳の坂を上り、道が四方向に分かれた小さな広場に出た。

「どっち?ゴールはどっち?ねえ!」ここまで来たら道に迷わないでしょ?ということなのか、巡礼路を示すような貝殻マークや黄色の矢印が見つからない。標識は実はあったのかもしれないけど、疲れ切った私とジニーにはすぐには見つけれられなかった。なぜか他の巡礼者らしき人も全然いなくて、彼らについて行くこともできない。

ここで立ち止まったら今度はもう絶対に歩けないような気がする。その場でぐるぐる歩きながらジニーを急かしてスマホで調べてもらった。いきなりキレ気味のBBAと一緒で嫌だったよね、ジニーごめん(笑)

「Yukaさん、こっちです!」ジニーの確信に満ちた声を信じて右方向に坂を下りていくと、どこからかバグパイプの音。なんて幻想的!このままどこか中世にタイムスリップしてしまいそう、、、と思っていたら、また長めの階段にぶち当たった。結構段数あるね、、、下りるしかないんだよね、、、と1人逡巡しかけたら、ゴールを目の前に興奮した孫がおばあちゃんを置いて小走りで行っちゃった!ジニー待ってー!

ここガリシア地方はケルト文化だから、バグパイプがしっくりくる

階段をゆっくり下りながら、薄暗いトンネルを抜けた。空が見えた。視界が開けた。人がたくさんいる。もしかして、ここが、、、ゴールのサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂前のオブラドイロ広場!?

ついに!

ゆっくりと顔を左に向けると、そこには大聖堂。そびえ立つ3本の尖塔。あぁ、つ、ついに、、、ここがゴールのSantiago de Compostelaなのね!やったー!ついたー!その瞬間、温かな涙が頬を伝うのがわかった。

ジニーが満面の笑顔で振り向く。先に到着していたエリーが私に向かって両手を広げて走ってくる。すべてがスローモーション。3人で抱き合って、無事のゴールを喜んだ。

「長距離を歩いてきたくらいで、ゴールしてもそんなに感動しないかも、、、」なんて思っていたけれど、まんまと感動して泣いてしまった(笑)

日頃の素行の悪さなのか、全くトレーニングせずに調子に乗ってピレネー山脈を越えたり、上り坂を駆け上がったり、岩場を走り下りたりしたせいなのか、私だけ足首骨折してるけど(笑)、巡礼路で出逢い、仲良くなったメンバーと一緒にゴールできたという事実、、、もし日本を出発する日が1日でもズレていたら、彼らとは出逢わなかった。これを運命と呼んでもバチは当たらないと思う。

ゴール後、エリーがふと漏らしたのが今日のYukaちゃんは狂気じみていたよと(笑) 「前夜からあんなに足が痛そうで壁伝いにしか歩けない状態で、どうやってゴールするつもりなのか。性格的にはここでリタイアするとは思えなかったけど、、、まさに根性で歩いてたよね。そうとしか言いようがない。あっぱれだよ」

狂気じみてたひと(日焼けとシミがすごいすっぴんは自主規制させてもらいます)

快晴。雲ひとつなく晴れ渡った空(と思っていたけど、写真見たら少し雲あるね笑)。響き渡るバグパイプ。

今日はイースターサンデーということもあって、今日に合わせてゴールした人も多かったことから巡礼者の数もこのシーズンにしては非常に多く、さらに観光客でも賑わっている。

大聖堂を中心としてサンティアゴの街全体にハッピーな空気が伝播してる感じ!何も起こってないのに思わず笑い出してしまうような、ここに集まったすべての人々が、とにかく幸せな気分に満たされていた。「今日ゴールしてよかったね!嬉しいね!」と皆で何度も声に出してしまったくらい。

韓国の友達や家族にビデオ通話で報告を始める韓国男子達

ヨンも現れた!皆で写真撮影大会スタート。1人で、バックパックを背負ったバージョン、バックパックを頭上に持ち上げたバージョン、次は2人で、次は3人で、、、国によって流行のスタイルがあるらしい。マークから教えてもらったアメリカ流の巡礼終了写真は、バックパックの上に登山靴を置くというもの。

知り合いじゃなくても、無事にゴールした巡礼者達が喜びに浸ってる姿を見ているだけでこちらも嬉しくなる。私達より少し早めに広場に到着したエリーは、スペイン人プロのトニーと韓国人コンテさんに会えたらしい。いいなー!フォンセバトンからの下り坂でエリーを見張って(見守って)いたアメリカ人マークや、ドイツ人おじさんコンビも登場。

知り合いの巡礼者達とひと通りゴールを喜び合ってハグをして、一緒に写真撮影した後、チョウを待つために一旦、日陰に移動することにした。

(節約家の)ブリューと同じアルベルゲを予約したら、それがゴールである大聖堂からはるか手前、サンティアゴ市内に入ったばかりにあるアルベルゲということに今日途中のバルで気づいた彼女は、ゴールする前にアルベルゲにバックパックを置き、シャワーを浴びてから広場に来ることにしたらしい。

大聖堂前の広場は燦々と太陽に照らされ、とにかく暑かったので日陰に移動ようとしたけれど、左足首がものすごく痛い。さっきはゴール直後のハイな気分で痛みが緩和されていたようだが、また激痛に襲われて、1歩も進めない。見かねたヨンがバックパックを持ってくれて、よれよれと動く私の姿に近くで休憩していたスペイン人グループからGood job!と声をかけられた。

皆のクレデンシャルを繋げて

ちょうど日本時間は夜8時頃で、両親にLINE電話したが繋がらなかった。誰か、今この場にいない人に報告して、ちゃんと巡礼を終えたという実感を持ちたかった。代わりに姉に電話して甥っ子2歳に大聖堂を見せてあげて、巡礼完了報告をした。私のお化粧した顔を見慣れている彼は、突然画面に現れた日焼けしてシミのあるすっぴんの叔母を認識できただろうか(笑)

ようやく身軽になったチョウが登場。アメリカ流の写真を撮影するために脱いでいた登山靴を履き直して、皆の待つ場所に這いつくばっていき、記念撮影。

大聖堂横の美術館?

今夜のお宿!

ドミトリーじゃない!

ディナーでまた会う約束をして、一旦解散。私とエリーは、ゴールである大聖堂前の広場から100mのホテルに予約していたので、チェックイン。階段がつらい。私の姿があまりにも悲惨だったのか、後ろからやってきたカップルが、バックパックを持ってあげるわよ!と。優しすぎる。その気持ちだけで、階段駆け上がって上れそうなほど力が湧いてくる(笑)

ドミトリーじゃない部屋に泊まるのは1ヶ月以上ぶり。ふわふわのタオルがある!シャンプーがある!と高級ホテルにも泊まり慣れているはずのエリーが大騒ぎしている。タオルがあるだけで35歳女性をここまで喜ばせる、巡礼旅のすごさを再認識した(笑)

先にシャワーを浴びたらどっと疲れが出て、しばし昼寝タイム。起き上がれないほどのだるさで、エリーが私の分までコインランドリーに出しに行ってくれた。

当初の予定では、地の果てと呼ばれるフィステラの村まであと4日間かけて歩いていくつもりだったけど、この足では無理。代替案として明日バスでフィステラまで行こうかと思っていたが、想像していた以上に足首が痛いのでそれも断念せざるを得なかった。

エリーの勧めもあり、このホテルで連泊して疲れを取ることにした。コインランドリーに行くついでにフロントで連泊できるかどうか聞いてくれて、部屋が空いているとのことだったので、すぐに予約した。

左足首の『疲労骨折』疑惑。グキッという目立ったきっかけのある骨折ではなく、同じ箇所に小さな負荷がかかり続けることでなりやすいらしい。足が痛いと、立ち上がってトイレ行くのも億劫になり、ギリギリまで我慢してしまう。

18時に集まろう。お店はあとで決めよう。というテキトーな約束で解散したので、まだお店は決まってない状態で18時になった。覚悟を決めて、朝と同じように登山靴の靴紐をきつく縛ったけれど、やはり立ち上がった瞬間、そこからの数十歩、階段を降りるところまで激痛。このまま座り込んでしまいたい。でも座り込むのも足が痛い。進むこともできず、戻ることもできない。

エリーはコインランドリーからまだ戻っておらず、今、韓国ヤング達がお店を探してくれているらしい。「とりあえず大聖堂前の広場に集合!」という予定だったけれど、広場に行くことが遠回りになる可能性もあるため、お店が確実に決まってから私は行動を開始することにした。歩行距離は最小限にしたい。ホテル前のベンチに座って、連絡を待つこと15分。

最後の晩餐会場!

サングリア

パン・コン・トマテ

ステーキ!

韓国人ヤング達がお得意の検索スキルをフル活用して選んでくれたレストラン。お洒落なインテリア、スタッフもフレンドリー。メニューを見て「お、おう、、、なかなか高いね、、、」と一瞬怯む私達。なぜなら1ヶ月以上に渡る巡礼路中の外食は、非常にリーズナブルな価格設定にしてある巡礼者メニューのみ、最も高かったバルでもコースで12€。その感覚が抜けない(笑)

「いやいや、スペインというかヨーロッパのレストランとしては高くない価格設定だよ。とりあえず選ぼ!」というエリーの一声で改めてメニューを読み始めるものの、すべてスペイン語表記で、ブリューもいない。さあ、困った。頼みの綱の、巡礼者メニューもない(笑)

ウェイターに聞くとステーキを勧められたので、私はステーキ(18.9€)を注文。またまたチャレンジングなヨンは、全然違うページの料理を注文。ウェイターが何度も、本当にこれでいいのか?と確認して、それでも「いい!」と答えるヨン。ついには、俺についてこい、とウェイターが厨房のほうにヨンを連れて行く始末。戻ってきたヨンは「危なかったー、俺が注文しようとしてたのは、なんかすごい値段が高い、小さな貝1個だった!」ということで、ヨンもステーキを注文していた。よかったね、貝1個のディナーにならなくて。あとは、サングリアとパン・コン・トマテ。レビュー通り、美味しかった。

数えきれないほどの回数、こうやって同じような顔ぶれでテーブルを囲んできた。明日もまたこうして同じようにテーブルを囲むような気がするのに、そんな日々はもう二度とやってこない。実感がわかない。少しずつ別れの時間が近づいている。

ディナーからの帰り際、また立ち上がると激痛。歩いても激痛。レストラン入口付近のお客さん達からありえないほど心配されて、逆に申し訳ない気持ちになった。巡礼ってそんなに大変じゃないんですよ、たまたま足首やられただけなんです(笑)

表に出ると、巡礼路途中で何度かアルベルゲが一緒になった韓国人グループと遭遇。彼らは「スペインの田舎で、どこでその材料仕入れてきたの?」と毎回驚くような、本格的な韓国料理を作っていたグループ。一度、彼らの料理を食べてみたかった、というのが私とエリーの共通の感想。

イースターサンデーだからか、昼間よりもさらに活気づいた街中はお祭りムード一色!私以外の5人はこれからバルに行くと言っているが、私は足が痛すぎるので泣く泣く1人、ホテルに戻ることにした。

ホテル前でジョン、ヨン、チョウとお別れと感謝のハグをした(ジニーは恥ずかしがってハグしてくれなかった笑)。 ハグ文化があるかどうかでやっぱり違う。普段クールなジョンがしてくれたハグの力強さ、暖かさにジーンとなった。みんなありがとう!またどこかで会おうね!ブエンカミーノ(よい旅を)!(あれ?ブリューはどこ行っちゃった?)

這いつくばるようにホテルの階段を上って、部屋に戻り、久しぶりに過ごす1人時間。いつもなら、誰かが近くにいた。明日からはもう皆、別々の生活に戻る。

ベッドに寝転がり、若い女の子の巡礼日記ブログを読む。私がもし20代前半でこのスペイン巡礼に来ていたら、巡礼を終えた時の感想も、その経験から受ける影響も今とは大きく違ったものになっていただろう。想像してみる。今よりも澄み切った心で物事を捉え、素直に感動し、友達を作り、恋なんかもしちゃったりしたかも(笑)

そんなことを想像すると、私も20代前半頃にスペイン巡礼をしてみたかったな、なんて一瞬思ったりもするけど、人それぞれベストなタイミングがあるのだと思う。それが私は、今だった、ということなのだろう。

これは巡礼2日目、同い年のエリーと知り会ってすぐに話し合ったテーマでもあるけれど「20代前半の頃よりは様々な経験を積み、酸いも甘いも噛み分けるようになった(はずの)35歳の私達は、巡礼後に何を感じるのだろう?何が変化するのだろう?800km歩いたところで、若い子のように、大きな影響は受けないのかもしれない。それでも実際に歩いてみるしかないよね」

あの日、1ヶ月後に自分に起こるであろう心境の変化を想像したものの、全く想像できなかった。巡礼の結果、自分の中で何かが変わるはずという期待と、何も変わらないかもしれないという恐れを抱いていた。

その1ヶ月後を迎えた今、心境の変化をうまく言語化できない。

ただ一つ言えるのは、ラスト数日間数週間に抱えていた「何かハッキリとした、他人に語れる巡礼の成果を何か見つけなければ!」という焦りは、今日ゴールしたことですうっと消え去ったということ。

誰に頼まれたわけでもないのに、自らの意思で遠くスペインまでやってきて、あまりの辛さに自分を呪い、自然を呪い、自分を励まし、仲間を励まし、仲間から励まされ、、、振り返るといつも笑っていた記憶しかない33日間。その日々の中でゆっくりと得たものは、今後の日常生活の中でゆっくりと私を変えていくのだと思う。

21:30すぎ、エリーからLINE電話の着信。なにかトラブル?と思ったら、ホテルのエントランスドアが施錠されていて中に入れない、とのこと。そうそう、20時にエントランス閉めるから、ルームキーがないと入れないよ、って言われてたっけ。

私は足が痛くて今から1階まで降りて行くことを考えるだけで、絶望的な気持ちになった。エリーも同じことを思ったはず。「この部屋、ホテルエントランスのほぼ真上じゃん!窓からキー落としていい?」と私が言うのとほぼ同時に「窓からキー落とせる?」と聞かれた。考えること一緒(笑)似たもの同士、話が早い。窓からキーを投げて、無事解決。

エリーがシャワーを浴び、「今夜は寝袋じゃなくてふかふかのベッドなのに、パジャマ代わりにスポーティーな格好してるの違和感すごい!」とか言いながら、明日からまた残り4日間を歩き続ける彼女はパッキングしたバックパックをベッド傍に置き、明日はこのホテルでゆっくりする私もやはりパッキングをしたバックパックをベッド傍に置いた。パッキングして荷物を1箇所にまとめておかないと落ち着かないのだ。習慣とは恐ろしい。

部屋の電気を消してベッドに入ってからもなんだかんだ、(私がスペインの後に訪問予定の)リスボンのスリはやばいから本当に気をつけてね!から始まり、各国のスリや犯罪対策の情報交換したり、巡礼のハイライトを振り返っては大笑いしている間に、気づけば2時を過ぎていた。早く寝ないと!と言いながらも話は尽きることなく、、、全然タイプは違うし、日本にいたらまず知り合うことはなかった者同士が、スペインで出逢い、いつのまにか戦友のような存在になった。

名残惜しいような、やっと終わってホッとしたような、複雑な気持ちを抱えながら、この想いを忘れたくなくて、スマホメモに日記を書いていたらいつの間にか寝てしまっていたようだ。

私の『巡礼』は、まだ終わった気がしない。

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