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【書評】居場所がある人間には、ない人間のことが想像できない/「おとなの進路教室。」(山田ズーニー著)

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元ニートのYukaです、こんにちは!

あなたはニートですか?ニートだったことはありますか?

わたしはニートでした。
女の子らしく「家事手伝いでした♡」とでも言ったほうがいいのかしら。

今でこそ、海外移住して、素敵な出逢いに恵まれて、毎日キャハハと笑ってられますが。

ニートだったんです。

生物学的につやつやプリプリ、生きてるだけでモテると言われる(そうなの?)20代前半の数年間を、実家でぼんやり過ごしていました。自分の人生に自信がありませんでした。恥ずかしいと思っていました。

朝7時起床。起きたらテレビをつける。めざましテレビから始まり、8時になったら特ダネ!、ときどきスッキリ!!にチャンネル変えてみたり、特ダネ!が終わると地元テレビ局の情報番組が続き、お昼になったら、笑っていいとも!。そしてそのまま、ごきげんよう!になり、15分間の連ドラを観て、3時からのワイドショーが始まる。気づけば夕方・・・なんか、ぼーっとしてる間に夜が来て、また朝が来てめざましテレビ。そして特ダネ!(以下略

・・・ワイドショー観すぎ(笑)

ほぼ日の連載「おとなの小論文教室。」との出逢い

ワイドショー観ながらネットサーフィン。

気づけば毎日読んでいた「ほぼ日刊イトイ新聞(通称ほぼ日)」というサイトの中に、連載コラム「おとなの小論文教室。」を見つけました。

2000年からスタートしたこのコラムは、読者からの切実な問題意識、経験、想いが寄せられ、それに対して山田ズーニーさんが一方的に答えるのではなく、双方向で語り合う形式で展開していきます。

著者のズーニーさんは、編集者として16年間の会社員生活にピリオドを打ち、38歳で独立してフリーランスになった方。
独立後、ふたたび社会にどうエントリーすればいいのか、「これから自分はどうやって生きようか」と本気で考え始めたら、本当に恐ろしく、孤独で、そこに頼るものは何ひとつなかった・・・そう書かれています。

膨大な量の過去のコラムを、わたしはむさぼるように読みました。時に涙を流しながら。

書籍「おとなの進路教室。」

このコラムから、仕事をテーマに、働くこと、進路、アイデンテイテイ、生き方等に関係するものが抜粋されたのが、2012年に出版された「おとなの進路教室。」

あなたの「居場所」はありますか?

著者のズーニーさんは16年も会社員経験があり、独立された方。

わたしは医学部受験に失敗して、テレビっ子な自暴自棄な大学中退ニート。

立場も状況も全然違うけど、社会の中で「居場所」を失った者のみが感じる恐ろしさや孤独・・・
圧倒的なリアリティを持ったズーニーさんの文章に、当時も今も、読む度に苦しくなり、同時に励まされます。読みたくないけど、どうしても読んでしまう。

「LESSON5 待つ力」の中で、

あのころのことを思うと、アパートの天井が浮かぶ。

それは昼でなく、かといってまだ夕方とも呼べず、中途半端な、ほうりだされたような時刻で、ふて寝から目覚めて、しかたなく私は、よく、天井を見た。
何度見ても同じ木の天井の木目と、真ん中にぶら下がっているまんまるの白熱球のライトと、ライトのすっきりした白い傘をくる日もくる日も目で追った。ライトの傘にほこりがたまっている、と同じことを思う。また、天井の木目を追う。 「こんなことをしていちゃいけない」

(中略)

当時の自分を思うと、なんであんなに、外にいても、部屋にいても、ただ「いる」だけで押しつぶされそうだったのかと思う。いまは、例えば、3日ぐらい時間ができたとして、ずっと部屋にいろと言われても、ぜんぜん苦痛じゃない。つぶされるような感じもない。

ー「おとなの進路教室。」より引用

そして、ズーニーさんは続けます。

「居場所がある人間には、ない人間のことが想像できない。」

でも、自分の意志で会社を辞め、「居場所」を失ってみて、想像を絶する、生きていくことの難しさを実感した。  首の根をつかまれ、地面に押さえつけられたようで、呼吸もできない。朝起きて、「生きるぞ!」と気合いをいれなければ、崩れそうになる。
いくら「意志」があっても、それを生かす「場」がなければ、手足さえ、動かせない。

「場」なんだ、人を生かすものは。
もっと言えば、自分と人との関係をいかに築いていくかなんだと、思い知らされた。

「居場所」を「生きる場所」と言い換えても、いまの若い人にとって、「場」は与えられたり、確保するものであって、自分の手で築いていくもの、というイメージは育てにくいのだろうか?

私自身が、そうだった。

生まれながらにして、「家庭」という居場所を与えられ、与えられていることにさえ気づかなかった。

小学校、中学校、高校と、「箱」を乗り替え、大学に入るときは、多少苦労をしたけれど、いったん大学という「箱」を得てしまえば、4年間は安泰だった。

そうして、居場所を「箱」ととらえて次々乗り替えてきてしまった自分にとって、「就職」というのは、次なる「箱」を確保するための「試験」にすぎず、そして失敗したとき、自分の「居場所」を失うことになり、現実以上の挫折感を味わうことになってしまっていた。

どうして、もっと、柔軟にとらえられなかったのだろう?

次なる「箱」が得られなかったといって、いや、逆に、22歳やそこらで、「会社」という次の「箱」を得たからといって、そんなの、まだまだ「自分の居場所」でもなんでもないよ、と。

自分の「生きる場所」は、これから時間をかけて、自分の手でつくっていくもんだ、と。

ー「おとなの進路教室。」より引用

ああ、だめ。

書いてるだけで、当時の記憶が蘇ってきて心臓をギュッと握られたような感覚になる。
そっか、当時のわたしは「首の根をつかまれ、地面に押さえつけられたようで、呼吸もできな」かったんだ。

わたしが乗り換えたいと信じ込んでいた次なる「箱」=「医学部」が得られなかったこと。
当時はとっても悲しかったけれど、そのおかげで(ちょっと時間はかかっちゃったけど)海外移住して東南アジアで暮らすという「自分の居場所」を自分の手で作るチャンスを与えられたこと。今はとても感謝している。

それは用意されていた「箱」じゃない。
それは、自分の「生きる場所」。

いま「居場所」があるあなたにも、「居場所」がないと思ってるあなたにも、どちらにも読んでほしい。

わたしにとって、読むとどうしても苦しくなる、でも定期的に読まずにはいられない。

そんな「おとなの進路教室。」の中で、わたしが一番好きな一節を引用してこの本の紹介を終わります。

選んだ先が、結果的にすごくいいところだったとか、よくなかったとか、自分の選択が、あとあと、まちがっていたとか、いなかったとか、そんなことはどうでもいい。
意志のある選択こそが、自分の人生を創っていくんだ。

意志のある選択、してますか?

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ABOUTこの記事をかいた人

Yuka

日本の大学を卒業後、新卒で海外就職。 単身インドネシア(ジャカルタ)に渡り、ベトナム(ホーチミン)を経て、現在はタイ(バンコク)在住。 美味しい和食と、お湯たっぷりのバスタブのある暮らし。 『日本的』な海外生活を満喫中。